高瀬川とみそそぎ川





鴨川の分流
高瀬川は江戸時代、徳川家康の命を受けた角倉了以によって二条から伏見までに開削された運河です。六条にある方広寺大仏殿の再建のために木材運搬の必要性が生まれたところ、鴨川は普段の水量が少なく川筋が安定しなかったために舟運に適さないため、新しい水路を開削することになったという訳です。

鴨川との分離
高瀬川が開削された当初は二条に設けられた樋から直接鴨川から水を引いていました。その後、大正期のはじめに鴨川で大掛かりな改修が行われた結果、高瀬川は人工のみそそぎ川を経由して鴨川の水を入れることになりました。これにより、この頃までには舟運が廃れたこともあって、現在のような水量の落ち着いた水路になったと推測されます。

変化を続ける川
「高瀬川」の名称はかつてこの水路に就航した高瀬舟(底が平らで幅が広く、舟首が高い舟)に由来します。最盛期には180隻もの舟が通行したそうですが、鉄道の発達などで大正中期までには姿を消してしまいました。その後、昭和期の鴨川改修で高瀬川と東高瀬川が分離したり、蛇行していた流路が直線化されるなど、運河として役割を終えても今に至るまで変化を続けています。整備されている三条・四条界隈以外では注目されることの少ない地味な水路ですが、京都の繁栄・歴史を支えた運河としてできる限りその姿をとどめてほしいと思います。



<高瀬川簡易MAP>



1、みそそぎ川(取水口〜高瀬川分岐点)
2、みそそぎ川(高瀬川分岐点〜鴨川合流点)
3、高瀬川源流庭苑
4、高瀬川(二条〜五条)
5、高瀬川(五条〜七条)
6、高瀬川(七条〜十条)

*参考
7、その他の「高瀬川」 1 (東高瀬川上中流部)
8、その他の「高瀬川」 2 (東高瀬川下流部・旧高瀬川)
9、その他の「高瀬川」 3 (西高瀬川上流部・古高瀬川)
10、その他の「高瀬川」 4 (西高瀬川中流部)
11、その他の「高瀬川」 5 (西高瀬川下流部)


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